「遠視」と「老眼」(眼科では「老視」といいます)は同じものだと思っている人が多いですね。実は違うものなのです。
同じものと思われている原因を考えて見ますと、一つは一般的に遠視は遠くが見えて近くが見にくいと思われていること、もう一つは矯正に必要なメガネのレンズが、どちらも凸レンズ(プラス度数)を使うこと、この二つの理由から「遠視」と「老視」が同じものだと思われているのではないかと推察されます。
まず遠視、近視、乱視についてご説明しましょう。これらは同じ範疇の言葉で、遠くがはっきり見えるために必要な度数(屈折度数)によって遠視、近視、乱視と分類し、これらを「屈折異常」といいます。屈折異常がなく遠くがはっきり見える目は「正視」といいます。それぞれについて説明致します。
遠視は遠くを見たときに、理論的には網膜(カメラでいえばフィルムに相当する)の後方にピント(焦点)が合ってしまう屈折異常です。網膜にピントを合わせるためには凸レンズ(プラス度数レンズ)を用いて、焦点を前方に移動させて網膜上にピントが合うようにしなければなりません。一般的に遠視の人は遠くが良く見えると思われていますが、弱い度数の遠視の人は本当に遠くが良く見えます。目は最新技術のオートフォーカスカメラと同じように、見ようとする物に無意識にピントが合うようにできていますから、眼内の水晶体(凸レンズ)の厚みをもっと厚くして遠くにピントを合わせることができるのです。これを「調節」といいます。一般的には弱い度の遠視の人の視力は1.5とか2.0です。ところで、アフリカの原住民は広い荒野で遠くの獲物を他人より早く発見する必要がありますので視力が3.0とか4.0あると言われています。今ではメガネをかけた人が日本人の象徴のように言われていますが、きっと大昔の日本人の目は遠視で遠くが良く見えたのでしょうね。
近視は遠くを見たときに、網膜の前方にピント(焦点)が合ってしまう屈折異常です。ピントを合わせるためには凹レンズ(マイナス度数レンズ)を用いて、焦点を後方に移動させて網膜上にピントを合わせなければなりません。遠くを見たときに水晶体を厚くして網膜上にピントを合わせられるのは遠視だけで、水晶体の厚さを薄くするには限界がありますので、近視では遠くにピントを合わせることが出来ません。必ずメガネが必要です。近視は字の如く近くが良く見える目です。近視は遠くが見にくい反面近くが見やすいので近業に適しています。パソコン・テレビ・本などを見る機会の多い現代人に適した目と言えます。
乱視は眼球(角膜)の縦方向の屈折度数と横方向の屈折度数が異なる屈折異常です。斜め方向のこともあります。分かり易く言うと、遠視や近視の眼球はバレーボールやバスケットボールのように真ん丸の球形ですが、乱視はラグビーボールのように楕円の球形をしているのです。通常の球面レンズ(凸レンズと凹レンズ)ではピントが合わず、円柱レンズという縦方向または横方向にだけ度がありその直角方向は度が0というレンズを使って矯正します。縦方向も横方向も遠視の場合は「遠視性乱視」といい、両方向が近視の場合は「近視性乱視」といいます。縦方向が遠視で横方向が近視の場合には「混合性乱視」といいます。
次に老視について説明します。近くを見るときには眼内の水晶体(レンズ)を厚くして近くにピントを合わせます。これを「調節」といいます。調節力は加齢とともに低下してきます。正視や遠視か近視かによって違いますが、元々遠くが良く見えていた人は45歳を過ぎた頃から新聞や本を見ようとしてもピントが合うのに時間がかかるようになってきます。新聞や本を手を伸ばした距離(約50cm)まで離すとはっきり見えます。逆に、近くをずっと見ていて遠くを見たときには、遠くがボケていてピントが合うまでに時間がかかります。これが老視(老眼)で、加齢とともに近くを見るために必要な調節が十分できなくなった「調節異常」です。
遠視の人が老視になると、近くにピントを合わせるには凸レンズが必要になります。例えば普段+1.50D(度)のメガネをかけている遠視の人は、近くを見るためには調節力が低下した度数(加齢とともに度が強くなる)を追加しなければならず、例えば+2.00Dが必要な場合には、遠用のメガネ度数(+1.50D)との合計+3.50Dの老眼鏡が必要ということになります。
近視の人は普段凹レンズのメガネを使用していますが、老視になると近視のメガネをかけたままでは近くのものにピントが合わなくなり、メガネを外すと近くがはっきり見えるようになります。例えば普段―2.50Dのメガネをかけている近視の人は、若いときにはメガネをかけたままでも調節して近くにもピントを合わせることができたのですが、加齢とともに調節力が低下した度数(例えば+2.50D)を遠用メガネに追加しなければ近くにピントが合わなくなってしまいます。この場合普段掛けているー2.50Dの近視のメガネに近くを見るために必要な調節力の低下した度数+2.50Dを追加するということは、-2.50Dと+2.50Dを追加するので合計±0Dということになり、これは近視のメガネを外したのと同じことになります。すなわち、(遠方の度数)+(調節力の低下度数)=(老視の度数)ということです。
以上のように、遠視は遠方にピントを合わせるのに凸レンズが必要な「屈折異常」であり、老視は加齢により調節力が低下した「調節異常」であるということです。人は誰でも遠視・近視・乱視にかかわらず、年を取れば老視(老眼)になるということなのです。
「遠視」と「老視」は同じものではないということがご理解頂けたでしょうか。遠視・近視・乱視、老視のいずれであろうとも、メガネを作るときには必ず眼科専門医を受診して眼鏡処方を受けて下さい。